1/1000の時間で習得可能。夢を超える欲求が幸せな人生を生む。

メンヘラ思考の脱却
小川準一郎
プロフィールのご閲覧ありがとうございます。

【第5章】は、今まで200人の死に寄り添ってきたこと、年200回を超える面談をしていることから、ストレスを満足感や達成感にメンヘラ思考を完全離脱するための唯一の方法を得たことを紹介しました。

【第6章】ではバラバラの点であった心理学・脳機能・次世代起業・ブログ運用・様々な知識や経験が線となり体系化され、私にしかできないストレスほぼゼロの情報発信をおこなう、心理系専門職ブロガーが誕生するのでした。

すべてのストレスを満足感や達成感に変えるエッセンス

【第5章】で紹介した通り、ストレスを満足感や達成感へ、メンヘラ思考を完全離脱へ変えた唯一の方法を習得しました。第6章では、

  • その方法の核となる知識の理解が私にとって重要であったこと、
  • 読者さんにとってもストレスほぼゼロに応用していくことと深く関連しているため、

核となる部分である「生きる」こと「死ぬ」ことをまずは説明していきます。

生と死

そのエッセンスがあれば、すべてのストレスに対応する方法を習得することが可能です。

私が10年以上かけて身につけることができた思考と同様の死に関する体験を読者さんがする必要は全くありません。

ストレスほぼゼロにだけ、メンヘラ完全離脱に必要な部分だけをマイペースに習得していただければ充分です。

「生きる」とは「死ぬ」こと

誰しも、幼い頃から生きることについて考えるのですが、年をとっていくと、いつしか生きることよりも、死について考えるようになってきます。

生きるとは死ぬこと

10年以上死に携わる仕事をしていることから気付きました。

誰しも最期は、生きるも、死ぬもどうでも良くなっていったり、反対に生きたことの意味に執着するようになったりします。

自身の近親者が亡くなり、自分の死んだ後のこと考え子供も成長が頭をよぎったり、体力が落ちてきたのを感じ、健康に気を使ったり。

生と死について、誰しも何かしら考えることは、年をとるに連れ増えています。

当たり前のようで、あまり考えたことがない共通点があり、それを知っているか、知っていないかが今後の人生を左右するといっても過言ではありません。

生きると死ぬ:3つの段階

死生観

実体験と専門的な知識に基づき、「生きる」と「死ぬ」について体系化して見ると、以下のように3つの段階に整理することができます。

LV1:若い人にとって「生きる」ことは死んでないこと「死ぬ」が怖いこと

若い人、学生は、生きているを自分を意識する教育を受けます。

生きるとは何だ?を学ぶ事で、いつか「死ぬ」があることに気づく。

いつか死ぬ

「死ぬ」がなんだか怖いものという気付きがあります。

LV2:老いを知り着実に死へ向かっていることを知る

過去の自分を自慢したり、栄光にしがみついたりしている自分に気づいたことないですか?

自分の人生を振り返る機会が、若い時代よりも圧倒的に増えてないですか? そんなあなたも私も「生きている自分」を学ぶような若い時代ではないですね(笑)

小さかった頃の自分と子供を比較したり、スポーツしたら筋肉痛でなく故障していたり、50m泳いだら心臓バク付いたり、死が見え隠れ、自分の人生を振り返る行為、これは老いである証拠。

人生いろいろ

自分の人生色々あったな〜、このままでは終わりたくないな〜、まだまだこれからだぞ〜、がんばらないとな〜、そろそろ健康に気をつかうかな〜。

アラフォーまっしぐら!ってとこで、この年代は、老いから「生きる」こと「死ぬ」ことを感じているんです。

LV3:最期から「生きる」「死ぬ」を考える

LV3-1:近親者の死

近親者に関する死と触れることで、「生きる」とはどう言うことかを知る段階です。俺が何とか

例)大切な人の最期を体験した市川海老蔵さん ※私の見解です

家柄もあり、血筋、伝承など、一般の我々よりも、生と死について敏感なような環境におられる方だと思います。

でも、言っちゃ悪いですが、結婚の前後はチャラい印象なかったですか?きっと死を明確にイメージしたことはなかったのではないだろうか?と思います。

ですが、最近は見違えるような頼りがいがあるキャラクターに、変貌を遂げたと気づいている方も多いのではないでしょうか?

  • 最期が近づいている近親者に何をしてあげればよいのか?
  • 近親者の死後どうするのか?
  • 自分は何のために生きていけばよいのか?

LV3-2:自分の死

生き様
  • 俺はここまでやれた
  • 俺が死んでもこいつらがいる
  • 後を生きる人にとって存在価値があった

近親者の死を経験して、自分の最期を経験して、「生きる」「死ぬ」を感じることはほとんど同じです。

これは、5段階欲求を説いたマズローさんが身を持って説明(正しくは、後進の方がマズローのことを説明)していますので、以下に詳しく説明します。

5段階欲求を説いたマズローさんでさえも、自分の死の数ヶ月前に気づいた最も大切な欲求とは

5段階欲求説とマズローとは

アブラハム・マズロー

彼は人間性心理学の最も重要な生みの親とされている。彼は特に人間の欲求の階層(マズローの欲求のピラミッド)を主張した事でよく知られている。

参考:wikipedia

マズローの5段階欲求

人間の欲求が上記のピラミッドの下から順に満たされていくと、自分の夢を叶えたくなる(自己実現)という、5段階欲求説は様々な分野で応用されていて、会社の教育場面でもよく目にします。

そんなスゴイ説をといたマズローも、自分の死の数カ月前に、一番大切なのは、自己実現よりも、自己超越であると気付きます。

自己実現を超える自己超越とは

マズローが感じた自己超越とは
  • 俺はここまでやれた
  • 俺が死んでもこいつらがいる
  • 後を生きる人にとって存在価値があった

などの最期になって気づく自己実現よりも大切な欲求(=満足感・達成感)に当たります。

自己超越 マズロー

死のストレスを乗り越えるには自己超越しかない

達成感

自己超越の欲求を自分だけで満たすことは難しく、周りの人との関わりが絶対に必要。

周りの人も、最期まで人を支えることで、近親者の死を乗り越えることができる。

近親者の死に対して目を背けるのではなく、寄り添ってベストを尽くすことで、その死(かなり大きなストレス)を乗り越えることができるんです。

例)私が関わる病院でのご家族の一例

近親者に対して、最期まで、できる限りのベストを尽くしたご家族は、笑顔で帰られる

そうでないご家族は、悲しい顔をしていたり、悔しそうな顔をしていたり、現れなかったりします。

誤解をしてほしくないのはベストを尽くすとは、直接的に何か支援をするということではありません。

最期を迎える人のために、正解がない、答えがない、死に対し、最期を迎える人のこれからについて議論を交わし、納得した上で最期を迎える人に寄り添っていくことも含まれます。

寄り添うこと

一人で生きていく事はできても(厳密にはどこかで誰かに関わっているが、気づいていないだけ)、最期は誰かのつながりを感じる。

本当の意味で一人で「生きる」「死ぬ」という選択肢は人間にありません。

必要な知識がそろって体系化される。体系化した部分を理解すれば活用できる。

下した責任

今まで200人の死に寄り添ってきたこと、年200回を超える面談をしていることで、私は一般の方よりも生と死について学ぶことができました。

ストレスを達成感や満足感に変えたり、メンヘラ思考を完全離脱したりするためには、生と死について、知識や経験が重要であったのは間違いないのですが、今までの知識や経験もあってこそです。

思考の哲学

出典・参考:次世代起業家セミナー

つまり、生と死について知っただけでは、次の水準につながることはなく、今までの知識や経験があったから、新しいアイデアが生まれたり、様々な知識が結びついて(点と点が線)になったことで、ストレスを達成感や満足感に変える方法が体系化されたんです。

今までの自信に満ちた自分を忘れてしまった自分が、メンヘラ思考にもがいていた自分が、生きることと、死ぬことを経験し続けたことで、知識を体系化することができたんです。

今、しんどい方

今までの経験が、後に活かされることは、誰にでも当てはまることです。

今、しんどい方に知ってほしい!

上手く行っている時の経験よりも、しんどい状況で、もがいている時の経験のほうが、後の人生で必ず活かされる。ムダじゃない。

だからといって、私と同じ期間、同じだけの経験をする必要があるかと言えば、全くそんな事はありません。

闇雲にがんばる必要はない!

やることはただ1つ、私のように体系化した人から、正しい知識を得て、それを実行すればよくて、あえて難しい道を選ぶ必要はありません。

私が10年以上かけて体系化した、ストレスほぼゼロにつながる方法、メンヘラを完全離脱する方法を、私を活用して、短期間で、習得していただければ良いなと思っています。

参考:次世代起業家セミナー

同じスキルを身につけるために、同じ時間をかける必要はありません。

正しい知識をつけ、実行すれば、誰でもすぐに実践可能です。

ただし、体系化された内容のいいとこ取りではなく、すべてを真似ることが重要です。

ミッション(目的)を叶えるために、まずは自分で判断せずに、マネていきましょう。

努力が報われない、時間が予想よりもかかった、言われた通りしておけばよかった、なんて言わないためにも!

ストレスを減らす、メンヘラ思考を完全離脱するのに、生と死を乗り切る体験は必要ない。体系化された知識を学ぶだけでよい。

ストレス解消

死を乗り越える方法は、唯一最強のストレス解消・緩和方法です。

他者のために寄り添って、責任を持って最善を尽くすと、自分自身のストレスも解消されていくからです。

安心してほしいのは、そのスキルを身につけるために、生と死を乗り切る必要なく、以下の3点を押さえれば大丈夫です。

ベストを尽くす3つのポイント
  1. 自分のできること、できないことをしる
  2. 自分をまもる、自分のできる
  3. 範囲を超えない相手のためにやりきる

誤解されやすいのは、「最期を迎える相手が満足するのか?」ですが、それはまた別の話です。

近親者の最期に直面した時に、自分が本当にベストを尽くしていれば、後悔によるストレスは生まれません。

結果は関係ない、保証もない

相手が望みを叶えられるできる限りの支援をする≠結果の保証です。

できる限りの支援をすることがポイントで、その支援のプロセスが相手と自分を癒やすことができるんです。

これは国が推奨する、ターミナルケア(看取り期のケア、最期のケア)に関わる方が行う必須の取り組みである、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)とも共通です。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)

自らが望む人生の最終段階における医療・ケアについて、前もって考え、医療・ケアチーム等と繰り返し話し合い共有する取組を「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」と呼びます。

参考:厚生労働省

ACP 人生会議

ストレスを減らすためには、正しい知識だけではダメで、他者とつながり、寄り添い、できる範囲(人と比べることではなく、小さなことでも良い)で行動を起こすが必須。

もちろん知識の良いとこ取りではダメ。

相手に寄り添うとは

寄り添うには、自分と相手を比較することが必要で、客観的に自分を振り返る視点を養えます。

できるだけ相手にベストを尽くすとは

ベストを尽くすには

ただ頑張るだけではダメです。相手にできることと、できないことは人それぞれ異なります。

つまり、がむしゃらに相手のために頑張ることは求めておらず、自分を犠牲にしない最大限の努力をすれば良いんです。

特に自分が苦手なことに必死になる方がおられますが、それも不要です。まずは自分を知ることです。

責任を持って関わるとは

責任を取れる範囲でなければなりません。

ギャンブル的に責任を果たせることも時にはアリですが、達成できる確立は高いものを選ばなければ、相手にとっても、自分にとっても満足な状態は作れません。

ここでも、自分のできること・できないことが明確になっていないと、責任が取れるんだか、とれないんだか???です。

結局、正しい知識をつけ、行動し、共有し他者を巻き込むことが最強のメソッド

正しい知識を自分の生活に昇華させることで、人生変わっていきます。

結局自分が変わるしかない。でも、自分が変わるにしても正攻法は存在する。

プロフィール内で紹介したノウハウを統合すると結局ポイントは以下のようになります。

知識を生活に昇華させる方法
  1. 正しい知識のメリット・デメリットを知る
  2. 自分のことも知り、何を実施するか戦略・戦術を練る
  3. 正しい方法を完全に真似る(=行動に移す)
  4. それだけでなく、他者とつながる(≒責任を持つ)

人生の変え方

死のストレスを乗り越える方法を体系化した私にしかできない社会貢献があるはず

さて、私の話に戻ります。

私には尊敬している方がいます。

私にとっての人生の成功者であり、様々な相談にのって下さったり、このブログ運営に助言して下さったりする師匠です。

師匠

その方にしてみると、今まで私が紹介してきたストレスをほぼゼロに近づけるノウハウは、脳機能、心理学、経営の知識、臨床&ブログでの心のケア、生きる・死ぬを通して、体系化されたものであり、対価を払っても知りたい貴重なもの

正直、世に広めないのは勿体無いと。

半信半疑

半信半疑でしたが、そんな時、思うのでした。

今思えば、読者さんのために、まだやれただろうと思う過去のブログ運営。

自分のできることの責任を果たさずに、ほぼ辞めてしまった過去のブログ運営が、自分の意識のどこかで、引っかかっているのに気付きました。

中途半端になってあきらめてしまったブログ運営。

戸惑いはありましたが、過去と決別できるチャンス!と思えました。

今の選択

今、経営の専門学校で学んでいるので、価値ある情報を提供することで得られる対価は悪ではないことがよく分かります。

世の中に貢献しているすべての人はそれによる対価を得ている。そもそも他者を巻き込むことが、人生には必要。

自分を評価するにも対価は自分の価値の基準でもあります。ブログ運営はうってつけ。

メンヘラ思考こそ完全離脱はしましたが、私のリベンジを裏設定に、様々な経験や、職業上の体験、ブログ運営などを経て、自分にしかできないブログ運営をしたいと考えるようになました。

「ストレスほぼゼロに近づける情報発信」のブログを立ち上げるに至ったのでした。

次回、最終章。

ブログ運営を実践するにあたって、様々な失敗と気付き。ブログは仕事、家庭、スポーツチーム、PTA、すべての組織運営の縮図。

いい勉強です。

やっててよかったと思えるのは、読者さんからの感謝の言葉ものすごい達成感を得ることができました。

辞められない

ただ1つのモヤモヤがあるとすれば、自分が次世代起業の学校で体験した仕組みを読者さんに活かせていないこと。

体系化されたノウハウを、読者さんが生活に100%定着させるためのたった1つの方法を、実践できていない。

そんな事に気付き、当ブログで行っていくサービスとして実施し、メンヘラ思考から完全離脱する読者さんを輩出していこととなるのでした。

【最終章】に続く

いつも読んで下さって、ありがとうございます!

応援お願いします!

にほんブログ村 にほんブログ村へ
クリックありがとうございます(^^)
(ランキングサイトにジャンプします)

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください